経ヶ岬沖は和船船頭衆のおそれた海であり、丹後の歴史文化の源、そして日本ジオパーク認定の自然遺産を体感できる。中浜漁港から遊漁船とび丸タクシーにのり、日本三大灯台、経が岬灯台を船上から見よう。
日本列島誕生のドラマを感じながら、冬の荒波に洗われた綺麗な海岩線と春の日差しに輝くエメラルドグリーンの海と美しい空、丹後の海、360度体感。更に竿をたらせば、多種の魚と巡り合える。心静かに、美しい夕日と爽やかな風、漁師まちの波の音色を奏でよう。


 京丹後市には、日本風景街道に指定された海岸線の奇岩をはじめ、科学的、地質的に大変貴重な地形、地層があります。
 京都府で最古の岩石は5億年前の海洋地殻で大江山のかんらん岩です。
 丹後半島では、日本列島がユーラシア大陸の一部であった6000万年の花崗岩、2000万年前の安山岩が内陸部に見られ、海岸部には日本列島がユーラシア大陸から分離して日本海がつくられた1500万年〜1300万年前の火山岩が見られます。 
 日本海形成前後にできた様々な岩石・化石が見られるのが丹後半島の地質の特徴です。
 丹後の地質は、古代から人々の生活と深い関係がありました。たとえば、花崗岩は、白い砂となる石英のほか磁鉄鉱という真っ黒い鉱物も含んでいます。磁鉄鉱は砂鉄となって、古くから製鉄の原料になってきました。丹後でも峰山の遠所遺跡からは「たたら製鉄」のあとが見つかっています。
 また、活発だった火山活動の名残のマグマの熱は、今でも久美浜から木津、網野、掛津、間人から上野などの温泉の熱源として地下に残っています。
 また丹後の白砂青松の美しい海岸は花崗岩で石英、長石が含まれ高嶋海水浴場は代表的な海岸です。日本列島誕生のドラマは丹後の風情を演出しています。
 平成20年には、京都府の景観資産に認定され、21年には日本ジオパークに認定されました。今、世界ジオパークに向けて活動中です。





 突堤の西側には、黒っぽい石がごつごつととび出した崖や島が見えます。これは火口から流れ出した熱い溶岩が、海に流れ込んで海水で急に冷やされたために、はじけて砕かれてしまったためにできたものです。熱い油に冷たい水を注ぐと、油は激しく飛び散りますがこれと同じ現象が大規模におこったわけです。専門用語では水中自破砕溶岩(ハイアロクラスタイト)と呼ばれているものです。このあたりの岩石は安山岩が多く、含まれている鉱物中の放射性元素を使って、今から1300〜1400万年前にできたことがわかっています。
 この時代の地層を丹後層と呼んでいて、おもに丹後半島の北東部に分布しています。
<中浜東方のハイアロクラスタイト>



 1900〜2000万年前まではユーラシア大陸の一部であった日本列島は1500万年前には、大陸から切り離され、プレートの動きに乗って、今の場所まで移動しました。そして、大陸と日本列島の間には新しく日本海が広がりました。丹後層の時代には、広がった日本海の海岸近くで、激しい火山活動が続いていたのです。



 尾和に近づくと、海岸の岩石は、ごつごつしたものから縦に柱状に並んだものに変わってきます。これは柱状節理といって、火口から流れ出した溶岩がゆっくり冷え固まり、冷える時にできた割れ目が柱状に見えるのです。
 穴文殊の周辺の海岸は、切り立っています。荒波で柱状節理をなす安山岩が浸食されてできた崖で海食崖といわれています。節理の一部が波で崩されて洞窟がつくられています。
 海食洞と呼ばれます。昔、海心坊という僧がもともと経ヶ岬にあった洞窟から、この洞の中に文殊さんを移して祭ったので、穴文殊と呼ばれています。
<穴文殊、自衛隊のある平坦面は海岸段丘>





 袖志の沖からは、集落の背後に海岸段丘がきれいに見えます。海面からの高度が約30mの高さで平らな台地が伸びているのがそれです。海岸段丘の上には棚田がつくられていて、四季折々の美しい風景を作っています。
 袖志の海岸には白い崖が見えます。陸上から近づいてみると、白い火山灰の中に大きな溶岩の破片がごろごろ入っています。これは、火砕流堆積物も特徴です。1300〜1400万年前の丹後半島では火山の活動が活発で、海に熱い溶岩を流しだす火山、陸上を流れる分厚い溶岩流、激しい噴火とともに山腹を高速で流れる火砕流など、火山活動のあらゆる光景が見られました。
<袖志の海岸段丘と棚田>



 袖志から経ヶ岬の間は火砕流堆積物の中に、地下のマグマが貫入した岩脈が見られます。岩石の見かけが違うのでわかります。



 経ヶ岬の先端まで来ると、海の色が変わり、なんとなく背筋が寒くなるような雰囲気です。潮の流れも急になるようです。海岸には白色の崖が見えます。お経の巻物を立てたように見えるということから、「経ヶ岬」という地名がついたそうです。地学的に言うとこれは柱状節理であることはもうお分かりでしょう。火山の溶岩がゆっくり冷えて固まったものですね。
 ここで見られる岩石も安山岩ですが、流れ出した年代は今まで見てきたものよりずいぶん新しくて、今から300〜400万年前であることが、わかっています。丹後層の時代に火山活動が活発だったのが1300〜1400万年前なので、1000万年間の時を経て再び火山活動が丹後半島で起こったのです。
<経ヶ岬安山岩の柱状節理>



 経ヶ岬も険しい海食崖が連なっています。そのために、海岸まで降りてくるのは容易なことではありません。ところどころに海食洞も見られます。そのうちの一つが、穴文殊で触れた海心坊の住んだという海心洞です。

【お問合せ事務局】京丹後龍宮プロジェクト 080-2527-2558
※遊覧船は事前予約が必要です。オプションをご希望の方は予約時にお伝えください。